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東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)21号 判決

原告 京阪神急行電鉄株式会社

被告 特許庁長官

一、主  文

昭和二十五年抗告審判第四九五号事件について、特許庁が昭和二十六年六月七日になした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、事  実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十四年七月七日別紙記載のような図面と文字から構成される原告の商標について、指定商品を第三類 香料及び他類に属しない化粧品として、登録を出願したが(昭和二十四年商標登録願第一一六九号)、拒絶査定を受けたので、昭和二十五年九月二十五日抗告審判の請求をしたところ(昭和二十五年抗告審判第四九五号)、特許庁は、昭和二十六年六月七日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、右審決書の謄本は、同月二十日原告に送達された。

二、原告が登録を出願した商標は、別紙の記載によつて明かなように、中央部にTakarazuka Opera Corporationの略語である「TOC」の文字を英字で顕著に横書し、下部に「宝塚歌劇」の文字を弧状に表示した「リラ」の図形と、これと三角形を形成するように、その下方に同じ大きさの「宝」及び「塚」の二文字を均等に按配、配置して包括、不可分一体的に構成した図形と文字との結合商標である。

三、審決は、登録第二四五九五〇号商標を引用して、原告の出願商標は、これと称呼上及び観念上類似するものであるから、登録することができないものであるとなしたものであるが、右引用商標は、「LYRA」の英文字のみを横書して構成されたもので、原告の指定商品と同じく、第三類香料及び他類に属しない化粧品を指定商品として、昭和八年八月三十日に登録せられたものである。

四、しかしながら、右両商標を比較して見ると、

(一)  外観において、両者が非類似であることは、一見明瞭であり、また

(二)  原告の商標は、前述のように「リラ」の図形の中央部に「TOC」の英文字を顕著に表示し、かつ右図形と「宝」及び「塚」の二文字が三角形を形成するように、包括、不可分、一体的に構成せられているから、「リラ宝塚」又は「リラ テイオーシー宝塚」なる称呼観念を生ずるのが極めて自然であるのに対し、引用商標は、「LYRA」の英文字のみによつて構成されるものであるから、これからはただ「リラ」という称呼及び観念を生ずるに過ぎず、両者は称呼、観念上においても非類似のものである。

五、本審決において、特許庁は、「宝塚」の文字は特別顕著性がないから要部ではなく、従つてこれからは称呼及び観念を生じない。

と説示しているが、これより先原告が本件と全く同一の商標を、第四類石鹸を指定商品として登録を申請したところ、特許庁は、同事件(昭和二十五年抗告審判第四五九号事件)においては、唯だ単に「宝塚」の文字のみを縦書してなる登録第一三九八〇八号商標を引用して、原告の商標(本件と全く同一)は、「宝塚」の文字が要部であるから、その登録申請は拒絶すべきものであると説示したのみならず、右審決に対する取消請求事件(貴庁昭和二十五年(行ナ)第二三号事件)において、被告代理人は、「宝塚の文字は要部であり、リラの図形は要部でない。」と主張し、貴庁もまた特許庁のこの見解を是認し、原告の請求を棄却している。しかるに今本件記録の申請を受けるや、特許庁はたちまちにして前説をひるがえし、「宝塚の文字は要部に非ず、リラの図形こそ要部である。」として原告の申請を排斥している。「泉は同じ穴より甘き水と苦き水とを出さんや。」(新約聖書ヤコブ書第三章第十一節)同一官庁が同一年度内において、同一商標の審判に関し、ある事件においては「要部なり。」としたことを、忽ちにしてひるがえし、他の事件においては「要部にあらず。」とし、ひとしくその申請を排斥せんとするが如きは、不可解の極であつて、原告の到底心服することのできないところである。

なお被告は、前記両事件における指定商品は、一方は石鹸であり、他は香料及び他類に属しない化粧品であるから、その要部について全く正反対の認定を生ずると主張するが、これまた甚だしいき弁であつて、右両類は互に隣接するものであるばかりでなく、右両商品は、一般商店街においては、全く同一少くとも類似の商品として取り扱われ、法律上の取扱についても、被告主張のように正反対に解釈せられなければならない事情は全然見当らない。

第三、答弁

被告代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し、次のように述べた。

一、原告主張一及び三の事実は、これを認める。

二、原告出願の商標は、「リラ」の図形を顕著に描き、この「リラ」のフレームの下部に「宝塚歌劇」の文字を行書体の程度で、左より横書し、又中央には琴糸を挾むフレームの間に「TOC」のゴジツク体のローマ文字を左より横記しこの「リラ」の図形の下辺には特に顕著に「宝塚」の文字を普通の活字体で左より横記してなるものである。

三、右原告の商標と、原告主張の請求原因三にかかげられた引用商標とを対比するに、両商標が、外観上互に相違していることは、原告の主張する通りであるが、両者は、称呼を共通にし、観念において類似している。すなわち、

(一)  原告の商標は、「リラ」の図形に、「TOC」及び「宝塚歌劇」の文字を有しているが、それは極めて小さい表示であつて、かつ、この文字は「リラ」の図形と関聯性のないもので、単なる附飾的表示としかみられぬ程度に過ぎないし、「リラ」の図形自体が特に看者の注目を強く引く部分であるといわなければならない。またこの「リラ」の図形の下辺に「宝塚」の文字を特に顕著に表わしてはいるが、景勝地の商店街として著名なる「宝塚」を表示したものに過ぎないから、「宝塚」の文字は、販売地表示として、その指定する商品に付き普通に使われるもので、商標法第一条第二項に規定する特別顕著性の要件を具備せざるものであること社会通念に照らし明らかである。従つて「リラ」の図形自体が商標の要部と認められるものであつて、単に「リラ」印とも称呼されるものであるといわざるを得ないから、「LYRA」の文字よりなる引例の右登録商標とは、「リラ」印との称呼を同一にし、両者は称呼上類似商標たるを免れない。

(二)  また観念上より比較するときは、両者の構成要素においては異るものであるが、前者は「リラ」の図形の要部としていること前述の通りであつて、後者は「LYRA」の英文字であるから、同一意義のもので、しかも「リラ」印の称呼を共通するものであることは上述の通りであるから、取引上彼此相まぎらわしく、観念上においても互に類似している。

かつ、両商標の指定する商品は、上述のように、互に牴触するものであるから、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否せられるべきものである。

四、原告は、特許庁が同一年度内に同一商標の審判に関し、全く相反する態度を取つていると非難しているが、原告の指摘する昭和二十五年抗告審判第四五九号事件における指定商品は、第四類石鹸であり、これに反し本件における指定商品は、景勝地又は遊覧地として著名な宝塚における歌劇の演出者及び観客等には特に親しみの深い、しかも婦人の好奇心を集める香料及び化粧品であり、宝塚商店街においては、このような商品が殊に多く取り扱われ勝ちであることは、商取引の実情に照らし明かであるから、「宝塚」の文字は本願商標の指定する商品については、商標法第一条第二項に規定するいわゆる特別顕著性の要件を具備していないものといわざるを得ないものであり、この点商標法施行規則によるも、その類別を異にしている前者の商品石鹸とは、別個に判断されなければならないこと、商標法全般の精神に照らし判然としている。

五、仮りに、原告のいうように、原告の商標中の下部に特に顕著に表わした「宝塚」の文字が、特別顕著性を具有しているとしても、右の文字とそれ以外の「リラ」の図形とは、商取引の実験則に照らし、一体不可分の結合から構成されているものとはいえないから、「リラ」の図形自体も商標の要部をなすものというべきが相当であり、この点からいつても、原告の商標は、「リラ」印の称呼及び観念をも生ずるものと認めざるを得ない。

第四、(証拠省略)

三、理  由

一、原告主張の請求原因一及び三の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証(原告の本件商標登録願書)によれば、原告が登録を出願した本件商標は、別紙図面記載の通り、上部に竪琴に似た四弦の西洋楽器が直立して置かれた図形があり、その下部に、右楽器とほゞ等しい大きさの「宝」及び「塚」の文字が、はつきりした普通の活字体で、左から右へ、右図形とほゞ正三角をなすように配列せられ、かつ、右楽器には、同心円状をなす枠(フレーム)の丁度中心に当るところにOの文字が来るように、ゴジツク体で横に書かれた、「TOC」のローマ字が、また、図形の下部に当る枠のなかには、楷書体で書かれた宝塚歌劇の文字が左から右へ、稍弧状をなして記載されていることが認められる。

また、その成立に争のない乙第一号証(登録第二四五九五〇号商標の公告)によれば、特許庁が引用した商標は、ゴジツク体で「LYRA」のローマ字を、左から右へ横書したものであることが認められる。

三、右の両商標が、同一の商品に使用されるものであることは、前段で認定したように、当事者間に争のないところであるから、これが互に類似しているかどうかについて以下判断する。

先ず第一に、右両者が外観において全然相違していることは、論をまたない。

よつて称呼及び観念において類似しているかどうかを判断するに、原告代理人は、原告の商標は、前記の楽器の図形と文字とが、包括不可分的に結合して構成されているから、図形と文字とが独立して、別々の称呼、観念を生ずる余地はないと主張するが、指定商品である化粧品等の一般の取引者、購買者を念頭において考えて見ると、すなわち、後述の七において説明するような特殊の関係を持つ人々の間を除いては、右商標における図形と文字とは、原告代理人の主張するように、密接不可分的に結合したものでなく、両者は別々に観念せられるものと解せられる。

四、商標が単に一箇の文字または図形のみによつてではなく、それ等の集合によつて構成せられる場合、それ等構成の一部についても、それが単に附記装飾的なものでなく、看者の注意を引くようにはつきりと記載され、かつ、格別の意味を持つようなものである限り、それぞれについての観念と称呼とを生ずるものがあり得るものといわなければならない。従つて若しこれを商標の要部と呼ぶならば、一箇の商標の要部は、常に一箇に限られるものではなく、二箇以上存在することを妨げないものと解するを相当とするから、図形と文字から構成される商標について、ある事件において、文字の部分を要部としたことは、必然に他の事件において、右の文字以外の部分を要部とすることを違法ならしめるものではない。

五、しかしながら、一面商標が普通何人にも理解し易く親しみ易い文字と、一般に図形、殊に後述するような、これを何と呼んでよいか、その名称も極めて不確かな図形から構成されている場合、これを附した商品を指称するに、一般の取引者、購買者は、普通誰にも親しみ易く理解され易い文字によつて、これを呼ぶのが極めて自然であつて、強いて他人には理解されないかも知れない不確かな図形の名称によつて、これを指称するようなことは甚だしく稀であるといわなければならない。

以上の見地に立つて、原告の本件商標を見れば、これを附した商品は、一般の取引者及び購買者においては、これを、はつきりと記載され、しかも何人にも理解され易い文字から生ずる「宝塚」の称呼によつて指称する者が極めて大多数であると解される。

被告代理人は、本件における指定商品である香料化粧品等は、景勝地又は遊覧地として著名な宝塚における歌劇の演出者及び観客等に特に親しみの深いものであり、宝塚商店街においては、特に多く取り扱われ勝ちであるから、「宝塚」の文字は、特別顕著性がないと主張するが、右香料及び化粧品等と「宝塚」の文字との間に、この文字を附した商品について、その個別性を認識することが困難である程の密接な関係があるものとは解されず、この点について、被告代理人が取引上殆んど同一に取り扱われるものと解せられる香料、化粧品と石鹸とについて、類別の相違があるとはいえ、全然別個な取扱をしなければならないと主張する理由を理解することができない。

六、しかしながら、前述のように、原告の本件商標における図形と文字とは、全然不可分的に結合したものとは解されず、しかも図形の部分も、単に附加的に記載された意味のない装飾とも認め難いから、これからも、独自な観点と称呼とが生ずることは、全然これを否定するわけには行かない。(尤も称呼について、この図形のみから生ずるものを以つて指称されることが、極めて稀であると解せられることは、前述のとおりである。)

よつて右図形の部分について考察するに、当事者間に争のない事実によれば、右の西洋楽器は竪琴の一種である古代希臘の抱琴で、その名称も竪琴の一般の名称であるハープとは呼ばれず、「リラ」と呼ばれる楽器であるとのことであるが、かかる古代の楽器及びその名称に親しみのない一般香料化粧品等の取引者及び購買者等は、右楽器の図形からは、この種楽器のうち、今日普通に見ることができ、また普通に知られている総括的な竪琴を連想し、これをハープと呼ぶものと認めるのが極めて自然である。このことは、その成立に争のない甲第二号証(当庁昭和二十五年(行ナ)第二三号判決)により、さきに同一商標についてなされた他の訴訟において、同様の主張及び認定がなされた事実が認められることによつても、これをうかがうことができる。

して見れば、右図形のみを取つて見ても、一般の取引者及び購買者を対象にして考える場合、原告の商標は、引用された登録商標と、その観念及び称呼を同じくするものとはいい難い。

七、尤もその成立に争のない甲第五号証の一、二、及び同号証の五ないし九によれば、右楽器は、原告会社の経営の一部門である宝塚歌劇団の紋章として永く使用されて来たもので、原告会社は、右楽器を構成部分とする幾多の商標を使用しているものである事実が認められ、これと前述のように、右楽器が古代希臘の抱琴で、その名称をリラと呼ぶものであるとの当事者間に争のない事実とを綜合して考察すると、いわゆる宝塚歌劇の愛好者の間にあつては、右楽器は抱琴であり、また「リラ」と呼ばれるものであることは、疑のない事実であると解せられるが、これら宝塚歌劇の愛好者に取つては、右図形中に書かれた「TOC」及び「宝塚歌劇」の文字は、すでに、決して被告代理人のいうように、「関連性のない、単なる附飾的表示」ではなく、むしろ右「宝塚歌劇」又はTakarazuka Opera Corporationの略字である「TOC」の文字のゆえに、右楽器が抱琴と観念され、「リラ」と呼ばれる程に有機的に関連しているものと解せられる。それのみでなく、これらの人々に取つては、更に進んで、原告代理人が主張するように、右の図形と「宝塚」の文字の全部が、一体不可分の結合を生じ、各個別々の観念と称呼とを生ずる余地なく、したがつて、単なる「LYRA」とは到底混同すべくもないものと解するのが相当である。

八、以上の理由により、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号の規定により、登録することができないものであるとした審決は、不当であると認めてこれを取り消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 中村匡三)

(別紙)<省略>

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